(新)後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
旧ブログ…
チャレンジャーの増加装甲
このところ暑い日ばかり続くようになったが、オヤジはクーラーを交換したので快適に仕事を進めることができるようになった。とはいうものの当然ながら電気代が気になるので、ある程度は自粛して使っているというのが現状だ。

さて、またぞろ隣の三等国が、しょうもないことで名誉毀損だと難癖をつけてきやがった。あれだけ日本を誹謗中傷し、罵詈雑言を浴びせ続けている国の大統領が、名誉毀損だなどとは笑わせやがる。

海難事故の大事なときにいなかったのはあんただし、おそらく男と密会していたのもあんたの国の新聞が書いているとおりなんだろうから、日本側に文句をつけるというのはどう見ても筋違いだろう。

まあそんな常識がないのは、世界の中心でモラルを破壊し続ける三等国と同じで、オヤジはこの半島の国と国民も大嫌いなのだ。あっ、安田成美だけはいいぞ。オヤジは彼女がとても好きなのだよ。何事にも例外は存在するということだな。

怒るとまた酒が進んでしまうのでこのくらいにして、今回は湾岸戦争に投入されたチャレンジャー1の、増加装甲について書いてみたい。まだ発注はないのだが、先んじてチャレンジャーを調べていたら面白い事実が判明したのだから。

アメリカの口車に乗って、いや自らなのだろうが、 1990年の「砂漠の盾」作戦に際して軍隊を送り込んだイギリスだが、その中には当然チーフテンに換わって主力戦車として運用されていた、チャレンジャー1も含まれていた。

なにしろこのチャレンジャーという戦車は資料が極めて少なく、加えて写真もあまり公表されていないため不明な部分が多い戦車なのだが、必要に駆られて最近購入したカゲロー出版のチャレンジャー2冊組みで、様々な事実を知ることができた。今回話す増加装甲も、そのひとつなのだ。

イギリス軍はイラク侵攻に際して「グランビー」作戦なる呼称を与えたが、これは18世紀のイギリスの軍人で、ドイツとの七年戦争において輝かしい戦果を収め、帰国後の1766年には陸軍最高司令官の座に就いたジョン・マナーズ・グランビー将軍にちなむものだ。

まあそれはどうでもいい話で、グランビー作戦に投入されたチャレンジャー1は、もちろん他の車輌も同様だが、全面サンドの砂漠迷彩を施したうえで、車体前面と側面に増加装甲を装着するという改修が実施された。

この砂漠迷彩は派遣前に塗り替えられたが、増加装甲に関して派遣後にサウジアラビアにおいて装着作業が実施された。だから派遣当初に撮影された写真では、増加装甲が未装着となっている。

そして肝心の増加装甲だが、日本の戦車専門誌は無論のこと、インターネットのサイト、例えばウキペディアや戦車研究室などでは車体側面の増加装甲を爆発反応装甲としているのだが、これが誤りなのだ。

その詳細に関しては次回とするが、この増加装甲は中空の箱型チョーバムアーマーというのが実態であった。その形状から爆発反応装甲だと考えたのだろうが、だとしたらあまりにも大きすぎることに疑問を感じなかったのだろうかとオヤジは思うゾ。(以下次回)
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ERA(爆発反応装甲)って
某巨大掲示板で、機動戦闘車にERAつけるのか?って話題になって、『歩兵と共同しているときに反応したら洒落にならんから付けないんじゃ』という意見があってワロタww

まあ、よく考えてみたら、市街戦も予想されているときにそんな物騒なモノは付けんわなぁ…

多分、付けたとしても、大統領警護隊との正面決戦に振り向ける部隊くらいだったろうから、この辺は新資料がないとなんとも?じゃないでしょうか。

どうなんですかねぇ…
2014/08/22(金) 18:52:49 | URL | やまちゃん #mQop/nM. [ 編集 ]
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