(新)後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
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幻のF-100D MiGキラー その2
最近スティーブン・キングの「アンダー・ザ・ドーム」を原作として、スピルバーグ監督とドリーム・ワークスの手になるTVドラマ・シリーズが、BS局のDlifeでスタートした。全22回ということなので、終了までには5ヶ月以上を要する長大なシリーズとなる。

運よくオヤジは初回を録画することができたのだが、恥ずかしいことに原作自体の存在を知らず、急遽図書館を検索して無事借りることができた。上下2巻組みで1,400ページ近い大冊であり、彼の作品としてはスタンド、ITに次ぐ長編であることもわかった。

というわけで、現在読んでいるところだがこれが面白い。ページをめくるたびに話が広がってきて、彼の真骨頂を存分に楽しむことができる。と言っているとコロコロから仕事はどうしたといわれそうだが、ウーン、まあ逃げているのだよ。

さてここからは前回の続きで、空軍はF-4Cがベトナムにおいて本格的な大量運用を始めるまでは、F-100DとF-105Dを対地攻撃任務に多用しており、その作戦中の1965年4月4日、F-100Dと北ベトナム空軍MiG-17の遭遇戦が勃発した。

この日、第2航空師団(AD)第416戦術戦闘飛行隊(TFS)に所属し、南ベトナムのダ・ナン基地からドン・キルガス大尉により離陸したF-100D(55-2894)は、北ベトナムの上空で第921戦闘連隊(FR)所属のMiG-17と空中戦を演じ、これを撃墜したと基地への帰還後に報告した。

しかし目撃者もなく、さらには使用した兵装も明らかにはされないままにこの報告は承認を受けずに終わり、アメリカ機による最初のMiG撃墜としてその5日後の4月9日に、海軍のF-4Bが記録したMiG-17撃墜が初の公式MiG戦闘機撃墜記録として承認された。

このためF-100Dによる撃墜記録は幻と終わり、その撃墜に否定的な見解も多かったが、最近北ベトナム側の資料による調査の結果、実はF-100Dによる撃墜は間違いないであろうという事実が判明した。

その記録によると、この日北ベトナム空軍の第921FRは3機のMiG-17を失っており、惜しむらくは記録で戦闘による被撃墜と事故による墜落を分類してはいないためその詳細は不明なのだが、実は有力な証言が存在していた。

その日に失われた3機のMiG-17の中で、唯一脱出に成功したパイロットのトラン・ハンハ大尉は、アメリカ機との空中戦で少なくとも1機が撃墜されたとの報告を残しており、それから考えるとF-100Dによる撃墜は間違いないようだ。

そして南ベトナム上空での撮影と思われる同機の写真も残されており、尾翼に戦術航空軍(TAC)のエンブレムを描き、当時の標準である無塗装銀の機首にU.S.AIRFORCEと大きく記入して、パーソナルマークなどはなかったことも判明している。

つまり当時の標準塗装&マーキングで製作し、尾翼のシリアル番号を55-2894とすれば簡単にベトナム戦における真実の初MiGキラー機をコレクトすることができる。もっとも、前述のように特別なマーキングなどないので、自己満足にしか過ぎないという問題は残るのだが…。
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おお!
ベトナムにおけるF-100の空中戦…って芳しくない話が多いですが、これはいい話だ(爆)

元々F-100はサンダーバーズでも長く使われたことからも判るように、機動性が極端に悪い訳ではない。
だから、一機や二機は戦果があっても不思議じゃない筈なんですが…

まさかと思うんですが、その当時旧式化しつつあった本機よりも、当時最新鋭バリバリだったF-4ファントムが戦果を上げた、って形にした方が士気高揚に役立つ…と判断したからだとか?
それは無いと思いますけどねぇ…
どうなんでしょ?
2013/10/02(水) 17:04:49 | URL | やまちゃん #mQop/nM. [ 編集 ]
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