(新)後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
旧ブログ…
韓国に展開したF-106A
 今日8日は久しぶりに朝から晴れ、少々湿度は高いもの気温は手頃で気持ちのよい日となった。例によって例のごとく、朝8時からコーヒーを飲んでから、ブログを書いている次第。他にやることないのかって感じだよな。

 あとは4時前につまみを作って、4時からウイスキーを呑むだけだ。その間は、本を読んだり映画を見たりと、まったく非建設的な過ごし方ではある。昨日は卵が食べたくなったので、急に予定のレシピを変更して、インチキかに玉を作った。

 なぜインチキかというと、蟹缶ではなくカニカマを使ったからだ。蟹缶は2個あるにだが、何かに備えてこれは温存している。だから今日は、昨日予定していた春雨とツナ、ピーマン、玉ねぎう、そして残ったもやしを入れた炒め物を作ろう。これで夕食も一緒に摂れるというものだ。

 さて今回は、前回のJu388の続きではなくプエブロ号事件に際して韓国に派遣された、F-106Aに関して少し調べてみよう。まあ調べるっていっても、単に先回紹介したシッファー出版のF-106に掲載されていた記述を、要約しただけなんだけれどね。

PuebloNP-Headline
 プエブロ号事件とは、ベトナム戦争さなかの1968年1月23日に元山沖の海上において、電子情報(ELINT)収集の任に就いていた情報収集艦プエブロ(AGER2、バナー級2番艦)が、北朝鮮に拿捕された事件であり、これを重く見たアメリカは直ちに空母機動艦隊を日本海に展開させたが、それに呼応してF-106Aを日本に派遣したのである。

 これは伝聞ではあるが、夕方横田基地に降りる機体のエンジン音が、それまで聞いたことがない音だと思いながら翌日基地の撮影ポイントに赴くと、なんだF-102かと思いながらよく見ると、垂直尾翼の上が切れている、おっF-106Aじゃないかと話題になったそうな。

 北朝鮮側は領海侵犯だと言い、アメリカ側は公海上だと譲らず、結局現在に至るまでその審議のほどは明らかにはされていないが、まあこれは今回に話とは関係ないことだろう。

 この横田基地に飛来したF-106Aは、メリーランド州アンドリュー空軍基地をホームベースとする95FISだが、それ以前に日本に飛来した機体も存在する。それがワシントン州マッコード空軍基地に展開していた第318迎撃飛行隊の所属機で、事件の翌日である29日に韓国の派遣が決まり、30日には移動準備が整ったものの実際にフレッシュ・ストームの作戦呼称で移動が命じられたのは2月8日のことで、この日18機のF-106Aがハワイ州ヒッカム空軍基地へ向かって旅立った。

 そして11日には、18機のF-106Aとともに400名の地上要員を乗せた複数のC-141Aが沖縄の那覇基地に到着し、臨時に太平洋航空軍(PAGAF)の指揮下に入って、休息と整備を終えた2月18日には那覇空軍基地から韓国の烏山空軍基地に移動し、到着して3時間後には4機のF-106Aが5分待機のアラート任務に就いている。

PuebloNP-Headline もともとF-106は、北米大陸の防空データリンク・システムである半自動地上管制機構(SAGE)と組み合わせることで真価を発揮する機体なので、韓国に派遣されても単なるマッハ2級の迎撃機としてしか機能しないのだが、おそらく新鋭機を派遣することによる、北朝鮮への圧力がその背景にあったのだろう。

 また当時韓国の装備する防空機材は、大戦型で旧式な人力操作式40mm機関砲しかなかったので、F-106Aの有する防空能力に期待がかけれれたこともまた事実であろう。実際に試験では、防空能力に関してF-4ファントムIIを凌駕することが判明していたのだ。

 この318FISの韓国派遣は短期間に終わり、換わって6月6日に48FISの要員がC-141Aで烏山基地に派遣され、続いて10日に第2陣の要員がアメリカを出発し、318FISの機材を使用して7月11日からアラート任務に就き、その後7318FISの要員は順次アメリカに帰還している。(以下次回)

 

 
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