(新)後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
旧ブログ…
F-4 PhantomII Production and Operational Date
連日35度前後の暑い日が続き、さすがに空調を入れないわけにはいかない。オヤジは一旦部屋を冷やしてから空調を消し、その残る涼しさで数時間我慢するというスタイルで頑張っている。この方法が良いか悪いかはわからないけれど、これで長年やっているのだ。

今日(8月21日)は涼しかっったので、久しぶりにフィルターの掃除をした。結構外しにくい位置に取り付けられているのでなかなか掃除をしないのだが、これではいけないと奮起して、キレイキレイしてやった。

そうしたら、乾かしている間に暑くなってきて、たっぷり汗をかきながらこのブログを書いている次第。ホントはこれって、絶対に仕事から逃げてるんだよナ。駄目なオヤジだ。

昨日はチウトカラに行き、酒を呑みつつ買い物をしてきた。というわけで、今日は鶏の唐揚げとナスの素揚げといこう。ただ残念なことにビアが全て絶えてしまい、今日の朝キラットに48本セットを注文したが、届くのは多分明後日だろう。まあそれまでは我慢するか。

だから冷蔵庫に入れておいたカレーは、ビアがないので昼食に食べよう。最近オヤジは自由軒ではないが、温めたカレーをすこいし冷ましてから、電子レンジでピーした冷凍ごはんをその鍋に入れ、かき回して食している。これが意外に美味いんだな。ウスターソースをかけても、生卵を落としてもまた美味し。

加えて昨日は、立派なピーマンが一袋99円と安かっったので二袋購入し、明日はピーマンのアヒージョでも作ろうかと考えている。オヤジは餓鬼の頃からピーマンが大好きで、それだけで十分おかずになるというエコな体質なのだよ。

オヤジは昔から緑茶が好きでよく飲むのだが、最近はコーヒーを飲むように心がけている。というのも、某出版社の社長(知っている人は知ってるよね)から、コーヒーが痛風の予防になると聞いたから。たしかにコーヒーを飲みだしてから痛風のアタックが姿を消している。ありがたいことだ。

さて今回は、日本で購入するよりもSUアマゾンのほうが安かったので、楠木君に購入して貰った「F-4 PhantomII Production and Operational Date」なる本を紹介しよう。

本書は5,000機以上が生産され、今のところジェット機としては西側最大の生産機数を誇るF-4ファントムIIのシリアル・ナンバーをまとめたものだ。もちろん運用国、型式別に分けられた詳細なもので、様々な情報が盛り込まれている。

加えて事故や戦闘で失われた全ての機体や、各国における装備飛行隊、アメリカに限定されるが敵機撃墜リトなども用意され、一般的とは言いがたいがF-4ファンならばやはり抑えておきたい一冊だろう。

一例を上げれば、F-4B/149457のリストにはMiG撃墜のチェックが入れられ、メーカーにおける生産番号は0174/0127で、1974年8月にペンサコラ基地での展示機として確認されているといった具合だ。ただしイランなど、その限りではない国も存在するのだが…。

総ページ数360ページで、うちカラーが64ページ用意されているが、まあこれはおまけ的なものだ。先ほどアマゾンで調べたら5,330円と結構高いが、出品者から購入すると2,880円+送料250円と半額近くで購入できる。
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リヒトフォーフェンとフォッカーDr.I その2
コロコロ二はしかられそうだが、単行本の仕事をやらなくてはいけないにもかかわらず、下調べ以上に進んでいない。これではいけないとは思うのだが、どうにもやる気がおきないのだ。

というわけで、今日(8月18日)もこのブログを書き終えたら図書館で借りてきた小説を読み、2時からは巨人戦を見ながらビアタイムに突入だ。。なんという充実した一日よ。って喜んでいる場合じゃないんだけれどな。まっいいか。

さてここからは前回の続きで、本題に入る前にまずフォッカーDr.Iについて少々。というのも、他人のブログを読んでいたらDr.Iの生産機数が少ないのは、当初から大量生産は考えておらず名パイロットのみへの配備を念頭においていた云々との記述を見つけたからだ。

昔ならばともかく、近代の兵器生産を考えるとそれはおかしくないか。改造機、例えばBf109Fの主翼に武装を追加したガラント・スペシャルのような例ならばいざ知らず、最初からそのような機体を生産するなどということはまず考えられない。ということで調べてみた。

すると、当初は少なくとも西部戦線に展開する戦闘航空団だけでも全機をDr.Iに換装することを考えていたことが判明した。だったらなぜDr.Iの生産機数が少ないのか。それはわずかに遅れてさらなる高性能機が誕生したからに他ならない。

その機体は、第一次大戦における最良の戦闘機と謳われたフォッカーD.VIIの存在であった。機動性と上昇力こそDr.Iに劣るものの、その他の性能は大きく上回り、特にその速度差は圧倒的で総合的には文句なしにDR.Iを凌駕した。

そしてDr.Iが1917年11月頃から飛行隊レベルでの運用が一般化したのに対し、1918年5月よりD.VIIは実戦化されたのでその差は6ヶ月にも満たず、さらにDr.Iには致命的な問題も存在した。それは構造が脆弱で、激しい機動や急降下を行うと破損する例が多数報告されたことだ。

このためドイツ空軍はDr.Iの生産を1918年5月で中止し、以後はD.VIIの生産に傾注することになった。このためDr.Iは有名機であるにもかかわらず、その生産はわずか320機に過ぎなかったのだ。

ここで話をリヒトフォーフェンとの関係に戻そう。最初に彼がRE.8を撃墜した機体102/17の塗装は工場出荷時、すなわち全面ライトブルーに主、尾翼と胴体上面を右に傾斜したオリーブドープでかすれるように塗り(その傾斜角は、翼上面が約10度、胴体上面が約20度)、同じく胴体側面を同色で垂直にかすらせるという、他の戦闘機などとは大きく異なる独特の塗装が施されていた。

彼はこの機体で2機の撃墜を記録した後、機体をDr.I 152/17に換えて3機を撃墜した。この機体は工場出荷時の塗装に加えて、カウリングと上翼上面、主翼支柱、車輪ハブ、コクピットから後方の胴体上面、胴体側面のアイゼルネスクロイツの前端から後方の胴体および尾翼を赤で塗装していた。

次に乗機とした477/17は152/17と同じ塗装が施されて9機を撃墜したが、この機体が彼のDr.Iによる最多撃墜機となった。そして次に乗機として3機を撃墜した127/17も、塗装は477/17をそのまま受け継いでいる。

そして彼の最後の乗機となり2機を撃墜した425/17は当初477/17と同じ塗装が施されていたが、1918年3月に以前のアルバトロスD.IIIおよびD.Vと同様に、全面をグロスの赤で塗装した。

そして4月に入って間もなく、各部に描かれた裾広がりのアイゼルネスクロイツを、単純な直線に改めたバルケンクロイツに描き換え、垂直尾翼を白に塗るという変更が加えられた。

そしてこの機体が、1918年4月21日の戦闘で彼が散華した際の乗機となった。また撃墜記録はないが、119/19と161/17にも搭乗したことが知られている。
リヒトフォーフェンとフォッカーDr.I
更新が遅れて相すまぬ。実は急な仕事が入って、そちらのほうに6日間ぐらいかかりきりだったのだ。とはいっても、連日6時にはビアを飲みながら巨人戦を見たのは言うまでもないがナ。

ただし料理を作るのはちと辛かったので、本当にもうあるものだけ、例えば冷凍餃子だのベーコンだのを焼くという、もはや料理とはいえない単なる食い物ばかりを作って食していた。。

しかしもうパンもなくなってしまったので、今日8月15日は久々にチトカラに買い物に出る。残念なこと人福屋が今日までお盆休みなので、どこか飲むところを探さなければならないが、なあに、田舎堤とは違ってどこかは開いてだろう。

それで明日はまたまた、夏野菜を使ったカレーを作ろう。この前に作ったら結構美味しかったので、今度はさらに多種類の野菜を入れ豪華さをアップしよう。一度作れば2~3回は食することができるしね。意外と使えるんだ、これが。

しかも前に書いたように、オヤジは真空調理鍋を使うので、夏の料理作りの友でもある暑さをほとんど感じることなく作ることができるというのは嬉しい。ただし20Aなので、IH調理器と空調を同時に使うことができないというのは悲しいが…。

さてここからが今回の本題で、先ごろアマゾンでドイツ映画「レッドバロン」を1,000円程度で購入し、フォッカーDr.Iがかっこよかったので、そのレッドバロンことリフィトホーフェンとDr.Iに関して少し調べてみた。

オヤジは第一次大戦機は趣味ではないけれど、何故かこのDr.IとD.VIIは好きで、ちゃんとエデュアルドの1/48 Dr.Iコンボを持っているのだ。まあ無理ではあるが、そのうちに作りたいという意志だけはあるゾ。D.VIIも、面倒なローゼンジーは最近デカールが一般的にになったしね。

リヒトフォーフェンとDr.Iの馴れ初めは、1917年8月28日に彼が当時指揮官を務めていたJGIの第11飛行隊に、Dr.Iの先行生産機として3機が製作されたF.Iの2号機102/17が配備されたことに始まる。ちなみに3号機103/17は第10飛行隊に引き渡され、彼の友人でもあるヴェルナー・フォスが愛機として使用することになるのだ。

そしてリヒトフォーフェンは、9月1日に本機に乗り、翌日には初めて戦闘に使用し、イギリス空軍第6飛行隊に所属するRE8Bを撃墜、彼の60機目、そしてDr.Iによる初撃墜を記録した。

以後リヒトフォーフェンはその撃墜数を80機まで伸ばすことになるのだが、そのうち2機を除くすべてがDr.Iによる戦果となっている。つまりDr.Iによる戦果は、19機というわけだ。数的にはアルバトロス時代には及ばないものの、彼が戦死しなければ、Dr.Iによる撃墜数はさらに増加したことは間違いあるまい。(以下次回)
タミヤ 1/48 ティーガー後期生産車 その4
昨日は結局仕事の材料が届いたのが午後遅くだったので、仕事にはならず予定通りキーマカレーを作った。野菜は少なかったもののそれでも4種類が入ったので、まあそれなりによしとしよう。それに結構美味しかったしネ。

今までとある事情から書けなかったのだが、東京電力のふざけぶりには耐えかねる。親方日の丸体質をいつまでも引きずり、普通の会社ではありええない事をいとも平然と、しかも臆することなく繰り返すというその無神経ぶりにはつくづく愛想が尽きた。

といっても、他に乗り換えられないというところがホント、むかつくゼ。あれだけ国民の金を使っているのだからとっとと解体して、新しい組織を作るべきなのだが、誰もそれをやろうとはしない。しかも今度はバックが自民党となったのだから、さらに強力な悪党ペアとなることは間違いない。

普通の会社だったら、あんなことをしでかしてただではいられないのだが、そこはそれ、悪の帝国東電だけあり、平気の平左、屁のカッパだ。電気料の値上げなど最後の手段であるのだが、それを最初にやるなんざ、もはや何をかいわんや。まったくひどい世の中になったもんだぜ。このド腐れ下郎どもめ!

さてここからは前回の続きで、最後となる砲塔を見てみよう。左右非対称の砲塔は新規の金型が起こされ、後方右側に備えている脱出ハッチも正しく後期生産車のスタイルを再現している。ただし開口部の形状は実車とは異なるが、これは開状態を最初から考慮していないので、メーカーとしての問題はない。

キットは1944年3月に完成した、砲塔上面を25mmから40mmに強化した生産第250991号車以降を再現しており、上面のモールドも正しく40mmタイプとなっている。

ただし実車では、上面装甲板が砲塔側面の上端から25mmほど突出するのでこのスケールだとその段差は0.5mmほどとなる。しかしキットはそこまでの段差はないので、0.2mm程度のプラ板を用いてそれらしく段差を強調(というよりもより正確にということなのだが)してやろう。

またこの頃から照準器が複眼式から単眼式に変更され、重量の軽減と部品の共用化からマズルブレーキがティーガーIIやヤークトパンターと同じ軽量型に変更されたが、キットは中期型への発展を考慮しているためそれは再現されていない。

ただし実車でも5月頃までは、部品ストックの関係からキットの形状と同じ車輌も生産されており、このあたりはモデラーの判断ということになろう。また車長用キューポラ周囲に装着されている42式対空機銃架のレールはさすがに厚すぎるので、これは金属板での自作を勧めたい。

またスケールを考えるとどうでもよいことなのだが、車長用キューポラにクリアーのプラ材でペリスコープを再現してやると、これまた自己満足に浸れる。これは操縦室のハッチも同様だ。

いろいろ書いてきたが、キット自体のできはまず十分な仕上がりで、後期生産車製作に際して必須となるツメリット・コーティングも専用のシートが一緒にリリースされており、簡単に再現できるというのも嬉しいところだ。
タミヤ 1/48 ティーガー後期生産車 その3
今日も朝から暑く何もやりたくないのだが、急遽仕事が入りのんびりしているわけにはいかなくなった。それはそれでありがたいのだが、仕事をするとなるとやはり空調を入れなくてはならず、電気料の支払いは来月、そして原稿料が入るのは3ヶ月後なのだから、赤貧オヤジにはつらい話ではある。

昨日の夕食は、結局しめ鯖とキムチというこれはもう料理でもなんでもない手抜きとなったが、これは3時頃からビアに走り、何かを作るということが億劫になったからだ。オヤジの場合、よくある話ではあるのだが…。

残念ながら今日は午後から仕事をしなければならない(何せまだ材料が届いていないもので)ため、悠長に午後のビアタイムを楽しむということはもはや不可能となった。それは仕方ないよな。

それを事前に察知したのか? 昨日イトーヨーカ堂に食材を発注したので、夜は残っているナスとジャガイモ、玉ねぎなどを利用してキーマカレーでも作ろうかと考えている。野菜が少ししょぼいのだが、これは頼み忘れなのでどうしようもない。

しかし仕事をやっていると、これまた夕食の支度をするのが面倒になるので、果たしてどうなることやら。って、日々の暮らしだから人ごとみたいには言ってられないんだよナ。まあ、少し先のことなので今思い悩むことはないか。

さてここからは先回の続きで、履帯の奇妙な突起を除けば専用のゴム内蔵型転輪(ドイツ側ではゴム省力型転輪と呼ぶ場合もある)や、直径を70cmから60cmに縮小しリブのモールドも一新した新型誘導輪など、実車の特徴を正しく捉えている。転輪の裏面にはボルトなどのモールドが省略されているが、これは問題視するほうがおかしいのだ。

1944年2月に完成した第250850号車から導入された、砲塔周囲の防弾リングを装着した車輌をタミヤはセレクトしているので、これに合わせて車体上面に装着されている各種工具の位置が変更されたのも、当然ではあるが正しく再現している。

惜しむらくはこの変更に伴い、上面左右に装着されていた牽引用のワイヤーが若干後方に下がり、その結果として機関室上面で大きく湾曲したワイヤー部分の固定具の位置が変化し、湾曲の形状が少々変わったのだが、これは初期および中期生産車とのパーツ共通化のため、再現されていない。

まあ修正する作業自体は簡単なので、これはぜひ直しておこう。ただし車体の左側面に装着され、中期生産車からはその取り回しが一新された履帯交換用ワイヤーは、正しく専用のものに改められている。

車体各部の溶接跡の表現もとてもリアルで、車体はストレートに組んで何ら問題はないが、板状にモールドされている各部の手すりは切除して自作をお勧めしたい。ラジエーターグリルのメッシュも、意外に目立つので専用のエッチングパーツのリリースを望みたいところではある。

また細かいことではあるが、中央の点検ハッチ前部のインテイクカバーはせっかく極薄で再現されているので、内部に2枚の仕切り板を追加すれば自己満足に浸れるゾ。(以下次回)
タミヤ 1/48 ティーガー後期生産車 その2
このところ暑くなり空調を入れたいところなのだが、先日(8月7日)電気料が来てなんと6,100円越え! 抑えてはいたんだけれど、いつもの倍というのは赤貧オヤジにはかなり痛いゾ。これからは暑くとも、さらに我慢をしなければと思う今日この頃ではある。

8月1日から外に出ていないので、米や野菜、そして冷凍した肉などはあるけれど、パンや牛乳がなくなってしまった。セブンミールに頼んでもいいのだが、8枚切りの食パンは扱っておらず8枚きりが好きなオヤジにはちと辛い。

まあ一日8枚切りで2枚食していたのを、6枚切りで1枚とすれば長持ちするので、それもいいか。この厚さだといまいちホットサンドは作り難いが、この暑さなので当分作りそうもないしね。何か侘しいが、まっ、それもいいよナ。

というわけで、今日の昼食は最後の1枚を食べてしまい、夜は冷蔵庫で眠っているしめ鯖といこう。しかし考えてみればもう漬物もなくなっているので、ペアとするおかずは納豆ぐらいしかない。まあ好きなものなのでいいのだが、これまた侘しい話ではある。

もちろんソーセージやハム、ベーコンなども収まって入るものの、やはり今ひとつしめ鯖とは合わないよナ。そうか、たくさんある缶詰でもいいんだな。しかしまったく料理とはいえないものばかりだが、それもまた楽しとしておこう。

さてここからは前回の続きで、問題がある床板だが、後方に2個並んでモールドされている円形のクラッペのうち右側(裏返したものではなく、通常状態での右側ですぞ)のものを削り取り、倍程度の長さで幅は3/5程度の長方形クラッペを、0.3mmプラ板で自作して置き換える。この際、周囲に縦4個、横1個のボルトを自作するとさらに正確になるゾ。

そしてこの自作した長方形のクラッペ右前方と、残されている円形クラッペの左後方に3mm程度の円形の掘り込みを入れてやろう。さらに正確さを求めるのならば、操縦室下方にモールドされた2個のドレインを切除して、左にオフセットした位置にモールドされていたドレイン部分に後方と同じサイズ(3mm程度)の掘り込みを入れ、その前方左側にオリジナルと同サイズの掘り込みを入れればいうことなし。

しかし戦車を裏返して見るという趣味をお持ちでない方以外は、無視してもかまわない部分だと思うぞ、オヤジは。横置きに戦車を置く、すなわち破壊された状態でディオラマ仕立てとする場合以外は、無視してしまうのが一番だろう。

お次は履帯だ。キットは生産第250570号車から導入された、履帯表面にハの字形の防滑用モールドを施したものを正しく表現しているのだが、問題となるのは一体式とされた履帯パーツ外側の開口部となるはずの部分にモールドされている意味不明の突起だ。

これは何かと考えてみたら、起動輪の歯の部分を誤ってモールドしてしまったものと思われる。このため、1枚ずつに分けられている履帯には正しく起動輪が噛み合う開口部が用意されているのに対し、一体式の履帯部分に変な突起があるというのは、完成後も結構目立つ部分だけに何とかしたい。

しかしモールドを切り取って開口部を開けるという作業は、その数からも考えても不可能ではないものの誰もやりたくない工作だし、さりとてパーツを請求してすべてを連結式に替えるというのも金額的に難がある。困ったものだ。

というわけで、オヤジは最近AFVクラブから発売された、ティーガー後期生産車用の連結式履帯を購入することをお勧めしたい。価格的にも我慢できるし、何よりも完成後のイメージが大きく異なるのだよ。(以下次回)
タミヤ 1/48 ティーガー後期生産車
今日(8月5日)も昨日と変わらず結構暑いので、これまた昼飯はサラダうどんにした。オヤジは自分が好きなものや旨いものだったら、続けて食しても一向に気にならないという赤貧向きの体質なので、今日も美味しくいただけた。それでもって、今日の夜は日曜に作って冷蔵庫に鎮座しているカレーだな。

となるとビアになるのだが、その前に冷凍庫で眠っている枝豆をピーしよう。冷凍の枝豆は無論のこと、生の枝豆もシリコンケースを使えば電子レンジで美味しい枝豆を作ることができる。スパゲッティーもできるし、なかなかの優れものだな、あれは。

家はプワマンズ完全電化なので、こと夏に限れば火を使わないで料理ができるというの実にありがたい。というか、他の手段を使いたくとも使えないというほうが正しいのだが…。まあいいか。

ここからは日付が変わり、まだ午前8時だというのにもうかなり暑く、家の中では温度29度、湿度65%と快適な環境とはいいがたいものがある。それでも我慢して空調は入れないのだ。昔だったら絶対にオンしてたな。


さて今回は、恵んでもらったタミヤ1/48ティーガー後期生産車を紹介しよう。すでに同社は初期生産車をキット化しているが、そのダイキャスト製の車台パーツに変えて、新規にプラ製で中期生産車と共用の金型を起こしている。

オヤジはパンターやティーガーIIなどよりもティーガーが好きで、しかも後期生産車がベストと考えているので、今回のリリースは実に嬉しい。思わず作る気になってしまったゾ。って、まあ無理だろうが…。

転輪は無論のこと、発展の過程で変化が生じている車体上面や砲塔、履帯、操縦室前面、車台後面、防盾等々、ランナーで見ると3枚分が新規のものに差し替えられている。また車台前端のシャックルかけが2種用意されており、中期生産車の登場も間違いない。

後期生産車といってもその生産時期により各部に相違が見られるのだが、タミヤのキットは1944年2月から4月頃に生産された車輌を再現している。しかし悲しいかな惜しいかな、一部にわずかな誤りも存在するのだ。

その前に、実はこのキット、発売直後に店頭から回収されて1ヶ月以上入手が遅れたことを覚えているだろうか? タミヤが発表したわけではないが、左右非対称の砲塔形状が再現されていなかったため、新金型に差し替えるためという話が広く流布されている。

その真偽のほどはともかく、黙っていればしょうがないなと見過ごすこともできるのに、新たに砲塔右側と上面の金型を製作するというのはやはりタミヤの良心なのだろう。オヤジも素直に拍手を贈りたい。偉いぞ、タミヤ!

さて前出の問題点だが、まず気になったのは車台床面のモールドだ。ティーガーは、1943年5月に完成した第250251号車よりエンジンをそれまでのHL210P45からHL230P45に換装しているが、この換装に伴い機関室直下にあたる床面の点検クラッペとドレインに変化が生じることになった。

その車体製造番号からわかるように、その変化は俗にいう初期生産車からすでに存在しているのだが、キットのモールドは第250号車までのものでありこの車台を初期生産車まで流用するという考えがあるのならば、それはそれでいたし方あるまい。

得てしてコンバーチブルキットというものは、このようなわずかな変化を無視することが多いが、メーカーも営利団体なのだからすべてに製作費がかかり、そのリスクを最小に抑えたいということからそれも納得できる。(以下次回)


THE DEADLY MANTIS
今日(8月5日)もそれなりに暑いのだが、天気予報によると土曜から1週間ぐらい連日35度超えだという。極力空調の使用は控えているのだが、そうなるとやはり使わざるを得ず、その結果として電気料に絡んでくることになる。

今日もまだ空調は入れていないのだが、温度計を見ると32度で結構暑い。このため昼飯には熱いものは作りたくないし、さりとて一人暮らしなのでそれなりのヴァイタミンは確保したい。

というわけで、今日の昼食は野菜をたくさん摂れるサラダうどんにした。夏は週に一回くらいは作るオヤジの好きな料理で、簡単かつ安いという大きなメリットを持ち、野菜一食で200gぐらいは摂れるというありがたい料理なのいだ。

野菜はまあ、生食ができるものならば何を入れてもよいのだが、最低でもキャベツにレタス、そしてキュウリは押さえておきたいとこころだ。これにアスパラの缶詰やかいわれ大根でもあれば、気分はもう最高!侘しくもあるのだが、それはいいか。

また熱を加えることを厭わなければ、ブロッコリーやグリーンアスパラ、カリフラワーなんかもよい。たんぱく質が足りないと感じたらハムやシーチキン、卵あたりを載せてやれば、さらにバランスがよくなる。夏にはお勧めの一品ですゾ。

さてオヤジは紛れもなく古い世代の人間なので、50年代のSFや怪獣映画が大好きなのだ。昔オヤジが中坊だったころはTVでよく放映していたのだが、そのころは録画装置など家庭用は存在せず、あっても買えないことは間違いなかった。

さらに今では、スカーパーでSF映画を放映するもののいずれも近作ばかりで、まずそんな古い作品はやらない。というわけで、赤貧ではあるがアマゾンで小銭が入った際に、これらのDVDをチマチマと購入することになる。

そんな中から今回は、先頃リリースされた「デッドリー・マンティス」、直訳すれば死のカマキリとなるのだが、邦題は「極地からの怪物 大カマキリの恐怖」という映画の内容をそのまま伝えるタような、大仰なタイトルが与えられている。

実はこの映画、1957年のユニバーサル作品なのだが、日本では公開されずに終わり、同じく未公開でありながら結構TVでは放映した作品も存在する中で、TV放映もないといういわば幻の映画だったのだ。

そのくせに様々な本では本作が紹介されており、同様に巨大化したサソリやタランチュラともども、オーロラ社でキット化されていたのだ。簡単ではあるが一応ディオラマ仕立てとなっており、もちろんその昔オヤジも購入した。

でも作品を見れないということにはなんら変わりがなく、輸入版を購入するという手もあるが、ヒヤリングがワヤなオヤジは指をくわえているしかなかった。しかし、しかしでずぞ! 最近ようやく日本語版がリリースされ、送料無料で1,500円という手頃な価格なので、ようやくオヤジも購入することができた次第。

内容はまあ、タイトルからもわかるように、北極で蘇生した大カマキリがアメリカ各地(というほどでは、まったくないのだが)を襲うという、この時代の怪獣映画に則ったストーリで、これは凄い! とうならせる箇所もないけれど、まずは無難に眺めることができた。

NORAD(北米大陸防衛)提供の実写フィルムでF-94A(B?)が結構出てくるし、わずかではあるがF-86Dも登場する。カマキリもしょぼいといえばしょぼいが、ひどいというほどでもなく十分アップにも耐えられる仕上がりだ。

最近の映画を見慣れた目には駄作と感じるかも知れないが、これはこれでよいとオヤジは思うゾ。万人向けとはいいがたいが、この種の怪獣映画が好きな方ならば、持っていてもいいじゃないかな。
Debrief:a complete history of U.S. Aerial engagements 1981 to the present
今日はナスやズッキーニ、それにトマトと青唐があるのでカレーを作ろうと思い立ち、朝から鶏肉を解凍して16時頃から作業を開始した。しかしいろいろと入れていたら、ナスとトマト、そして椎茸も入らなくなってしまい、具は多いのだが夏カレーというにはいまひとつ寂しくなってしまった。残念だ。

カレーの場合、オヤジは文明の利器である真空調理鍋を使うのでご飯が完成するまで2時間ぐらい放っておくことができるため、その間隙を縫ってこのブログを書いている次第。カレーといえばやはりビアということで、これまた朝から冷やしているのだ。

辛い夏カレー、オヤジは一味唐辛子と黒胡椒の30回がけに加えて、鷹の爪を小口切りにして5~6本入れるので、それなりに辛くなる。たぶん普通の人だと食べられないんじゃないかな? やはりカレーは辛くなくちゃネ。

さてこのところVF-51のCAG機の話が続いていたので、今回は買い貯めていた本の中から、「Debrief:a complete history of U.S. Aerial engagements 1981 to the present」を紹介しよう。DACO出版のF-104G以来ということなので、数十冊以上が手元にあり、当分ネタには困らないのだ。今後もアマゾンに本を頼むこととだしネ。

さて今回紹介する「Debrief:a complete history of U.S. Aerial engagements 1981 to the presen」だが、そのタイトルからもわかるように1981年から現在に至るまで、アメリカ軍の機体による空中戦闘記録をまとめたものだ。

著者は異なるものの、以前紹介した(と思う)ベトナム戦を扱ったミグキラー本の続編に位置するもので、現在といっても出版が2007年のためにその時点までということになるのだが…。って、その後アメリカ機による撃墜記録ってあったっけ?

出版はすでに古参といってもよいシッファー出版で、お馴染みミリタリー・ヒストリーの一環でもある。この期間における敵機撃墜パイロットと機体をそれぞれ数ページで解説しており、後席の乗員も含めて総勢51名とその機体がそれぞれ取り上げられているのは、前記のミグキラーと変わらない。

その時期からわかるように、シドラ湾上のF-14AにおけるSu-22撃墜から始まって、ハイライトとなった湾岸戦争を経てコソボ紛争まで、ミグ(無論スホイであり、ミルであり、ソコであったりするのだが)キラーが192ページというボリュームで綴られる。

基本的にはパイロットとその戦闘状況に加えて、乗機の写真を数点収めているのだが、VF-32のようにパイロットの名前が公表されていないものや、写真がないため絵でその機体を紹介する例というものも存在する。

とにかくその戦闘状況がかなり詳しく記載されており、これまでダイジェスト的に語られてきたものなので、これはとてもありがたい。VF-1のF-14AによるMi-8撃墜や、A-10AのこれまたMi-8撃墜など断片的にしか知られていない状況を知ることができる。

一部を除いて基本的にはフルカラーであり、多くの場合キルマーキングのアップ写真も用意されており、前記のミグキラーともども抑えておきたい一冊だ。今日(8月3日)アマゾンで調べたら6,427円と結構高く、マーケット・プライスでも5,967円+送料250円だった。

オヤジは例によって楠木君にUSアマゾンで買ってもらったのだが、送料込みで4,500円前後だったと思うゾ。まあいい買い物ではあったな。


F-4B VF-51 NL100/150456 後日談
仕事も一段落したし、新しいPCの構築も完了したので、今日(8月2日)は3時頃から飲み始めることにした。先日ビア350ccなりを48本購入したし、さっきセブンイレブンから焼酎一升が届いたので、当分飲み物には困らないのだ。2リットルのお茶も3本あるしね。

つまみを作るのも億劫なので、今日は簡単にキムチとひねり揚げといこう。やる気が出てくればハムもソーセージもあるので、簡単ではあるがそれなりには作れるのだ。いやあ、充実した一日だな。

それでもって、昨日と同じように巨人が勝てばもういうことなしだ。ありがたいことにちゃんと阪神は負けてくれてるしね。今日もビアがうまいぞ。って、仕事しろよな、仕事を。とコロからお叱りを受けそうだが、まっ、いいか。

とここからは、3日の昼飯前に書き始めた。窓を開けていれば結構風が入って、まずは気持ちのよい状況なのだ。しかし昨日はわが軍が負けてちょっとがっかり。あげくのはてに、解説が使えない川籐何たらというのでさらにむかついた。

この年中酔っ払っているようなおっさんは、って見るからに爺さんなのだが、実際はオヤジよりひとつ上に過ぎないというのも凄い、記録はないし記憶にも残らないようなプレーヤーだけに、まともな解説は何一つできない。

にもかかわらず、公共の電波で阪神を応援しているとしか見えない意味のないくちゃべりなので、さらにむかつく。こんな爺さんは大阪以外で解説をやらすというのが間違いなのだ。ホントにうざいゼ。早く消えてくれ!

さてここからは本題で、VF-51のCAG機に関しては前回で終わりにしようと思っていたのだが、書き忘れていたことがあるのでもう一度お付き合い願いたい。

ベトナム・クルーズを終えて本国に帰還したVF-51は、しばらくの間以前のマーキングを残していたが、海軍のお偉方があの派手なマーキングはまずいんでないんかいと判断したのか、胴体を飾っていたマーキングの使用禁止が通達された。

その結果、形状からスーパーソニック・カンオプナー(超音速缶切り)と称されていたマーキングは姿を消すことに相なった。前述のミグキラーであるハウストン少佐は、このマーキングについて次のように語っている。

“自分が思うに、あのマーキングはF-4各飛行隊の中でも出色のものだが、ミラマーの連中に言わせると、飛行中に見ると薄汚れて伸びきったアライグマの尻尾がはためいているようだっていうゼ”とのことである。

そしてVF-51は1973年3月9日から、F-4Bによる二度目、そして最後のベトナム・クルーズを実施したが、その際のマーキングは垂直尾翼を黒く塗り、テイルレターのNLは飛行隊色の赤を用いたアウトラインのみ、そしてラダー周囲をレッドで縁取り、中央に3本のストライプをこれまたレッドで引くという、極めて地味なスタイルに変更された。

そしてBu.No.150456は以前と同じくCAG機に指定され、本機のみラダーに引かれた3本のストライプに変えて上から順にレッド、オレンジイエロー、ブルー、オレンジ、ブラック、グリーンの飛行隊色を用いたストライプが引かれたが、昔日の面影はもはやなかった。なおこのクルーズでは、同隊所属機の数機が厚木基地に飛来している。

しかしさすがにこのマーキングではしょぼく、しかもレターも読みにくいと考えられたのか、レターは白縁に改められてストライプも垂直尾翼前端まで延長された。そしてこのマーキングは、そのままF-14にも踏襲されている。

そしてCAG機は、1974年10月8日よりノースアイランド海軍施設においてN型への改修作業に入り、N型改修No.88として変身した。その昔1/72でこの派手な時代のミグキラーCAG機を作ったが、アカデミーの1/48キットでも作りたい機体ではある。
F-4B VF-51 NL100/150456 その4
ド阿呆の麻生副総理が、また物議をかもし出してくれた。というのは、憲法改正はナチ党のようにこっそり進めればよいとほざいたこと。これは自分の真意ではないとあとで撤回したものの、間違いなく真意そのものだと思うゾ。

国民のためではなくその生活をさらに困窮させながらも、一部の大企業のために躍進する安部“似非”首相一味の憲法改正を、なんとしてでも推し進めたいという姿勢が見え見えだぞ。まったくむかつくぜ。こいつら政治ゴロ共には。

さてここからは前回の続きで、これは以前のCAG機(153009)も同様なのだが、垂直尾翼上端の前、後縁にAN/APR-30レーダー警戒装置(RHAW)の受信機を収めるフェアリングが新規に装着されている。しかしこれと対となる、レドーム下面のAN/AAA-4赤外線センサー(実際には装置自体は収められてなく、単にフェアリングのみなのだが)後端のRHAWアンテナのフェアリングは未装着となっている。

これは航海中に撮影された写真も同様だが、同じくコーラルシーの艦上で撮影された同機の写真を見ると、モノクロではあるが赤外線センサーのフェアリングにAN/APR-30を装着していることが確認できる。

このクルーズ中にVF-51は日本には飛来していないので(はずだが)、装着作業は艦上かフィリピンのスーピックベイで行われたものと思われる。ただし1972年5月6日に、ジェリー.B.ハウストン少佐がMiG-17を撃墜した際に装着されていたか否かは不明なのだが…。

そして任務を終え本国に帰還直前(帰還中か?)にコーラルシー上で撮影されたと思われる写真が残されており、これを見るとモノクロ(おそらくオリジナルはポジであろう)ながら羽の配色は前述のものと変わらないようだ。

しかし残念ながらレドーム下のフェアリングが外されており、RHAWフェアリングの有無は不明だが、この外す前までは備えていたと見るのまずは妥当であろう。

航海中の変化はもうひとつある。というのは、CVW-15のCAGを勤めていたトーマス.L.ダンロップ中佐が、4月6日にVA-22のA-7E(NL300/157590)に搭乗して、北ベトナムのドン・ホイ付近の道路を目視偵察中にドン・ホイから11.3km南方でSAM-2により撃墜され、中佐は戦死してしまったことだ。

このため次のCAGとしてロジャー.E.シーツ中佐が任命されたので、ハウストン中佐がMiG-17を撃墜した際には前方のキャノピー・フレームに記入されたパイロット名は、こちらに書き換えられていたはずだ。

そして本国に帰還した後に、CAG機はインテイク・ベーンにベトナム・クルーズにおけるF-4BのMiG-17 4機の撃墜クレジットを描くことになる。この機体はカラー写真が残されており、レドーム下面のフェアリングにはRHAWアンテナを未装着ということも確認できる。

またこの時期における本機用1/48デカールがファーボール・エアロ-デザインからリリースされており、これまた羽の配色は前述と同じく上から順にレ ッド、オレンジイエロー、ブルー、オレンジ、ブルー、ブラック、グリーンとなっている。

ということで推測の域は出ないのだが、本機がMiG-17を撃墜した時点ではこの配色が用いられていたものと思われる。ただ、レドーム下のRHAWフェアリングの有無は不明のままだ。だから素直に帰還後として製作することをお勧めしたい。クレジットも描かれていることだしね。