(新)後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
旧ブログ…
F-4B VF-51 NL100/150456 その3
新規購入したDELLのVOSTRO3500は、今のところ問題なくサクサクと動いてくれている。旧製品ではあるが以前のU130よりもCPUとメモリーが強化されているので、それなりに動作も素早い。

昔のように空ものゲームをプレイしていたころならば遅くてしょうがなかったのだろうが、今は原稿打ちとインターネットに用途がほぼ限定されているので、これでまずは十分なのだ。

ただDVDマルチドライブが標準装備のためにその重量は3kg近くなり、持って歩くには不便を感じる。なあに、そんなときはキーボードの購入によりインターネット以外は復活したU130を使えばいいのだ。

そして小銭が入ったら、キンドルファイアHDの購入だ! うーん、いろいろと充実してくるな。その代わり赤貧状態がさらに悪化するという問題も加速されるのだが、まっ、それはそれでいいか。もう慣れているしね。

さてここからが前回の続きで、前述のようにF-4Bを受領したVF-51はCAG機に飛行隊色の赤を基調として描かれたマーキングの羽の色を、CVW-15傘下の各飛行隊色で塗り分けた。

その状態が一番よくわかる写真は、山ちゃん殿もお持ちと思われる「US NAVY AIR WINGS」に掲載されている写真が一番鮮明かつ大きく、それを見ると上から順にレッド、オレンジイエロー、インシグニアブルー、オレンジ、グリーン、ブラック、ブルーに塗られていることがわかる。

しかし機体がBu.No.150456に変更された際にこの配色は変更され、1972年11月12日に母港のアラミダ基地を出航する前に撮影された写真でもそれが確認できるのだが、ひとつ問題がある。

というのは、ポジフィルムで撮影したものをモノクロ印刷したために、オリジナルの色調とはかなり異なってしまったことだ。このため羽の一番上の色であるレッドがかなり飛んでしまい、続く羽のオレンジイエローがまるでレッドのように濃く見えること。

その結果として一見すると一番上の羽がレッドのように見えるのだが、その前方の鳥の胴体部分や翼端のレッドが前述の理由から飛んでしまっているので、ほとんど見えない一番上の羽がレッドであることは間違いない。

というわけで、このモノクロ写真からその塗り分けられた色を判定するのは不可能なのだが、検索してそのカラーバージョンを発見した。それで見ると上から順にレッド、オレンジイエロー、インシグニアブルー(実際にはそれよりもやや明るい色が用いられている)、オレンジ、グリーン、ブラック、グリーンが用いられていることが判明した。

この写真に加えて、任務を終えてアラメダ基地に帰還する1972年7月17日以前に撮影された同機のカラー写真は、少なくともさらに2枚が手元にある。これだけ派手なマーキングなのだからもっとあるはずなのだが、オヤジの収集力のなさか発見できなかった。相すまぬ。

そしてその中の一枚を見ると、上から順にレッド、オレンジイエロー、インシグニアブルー、オレンジ、グリーン、ブラック、グリーンで塗り分けられているように見える。 なおこの写真は、以前紹介した「Carrier Air Group Commanders」に掲載されているのだ。

しかしCVA-43コーラルシー艦上で撮影された写真を見ると、その配色は上から順にレッド、オレンジイエロー、ブルー(正しくはブルーとインシグニアブルーの中間といえる色なのだが)、オレンジ、ブルー、ブラック、グリーンに塗り分けられており、クルーズ中にまたもや塗り替えられたことを示唆している。

残念ながらどちらの写真も撮影期日は不明だが、ベトナムクルーズ、それも比較的初期に撮影された写真であることは間違いない。その理由については次回としよう。(以下次回)



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F-4B VF-51 NL100/150456 その2
これを読んでいるということからわかるように、インターネット環境が復活した。まあ単に、中古のDELL VOSTRO3500というノートPCを購入しただけなのだが…。送料込みで23,800円と安く、まあ性能もそれに見合ったものなのだが、オヤジの使い方では問題にはならない。

しかし金曜の朝に頼んで、土曜の朝に届くというのにはちょっと驚いた。それで土曜と日曜の午前中はインターネット環境の構築やアンチ・ウイルスソフトのインストールなど使用に欠かせない設定に費やし、何とか終了した。

そんなにPCに詳しいというわけではないのでそれなりに苦労したが、ひとまずメールや文章作成などの基本的なことは問題なく行えるようになった。それでこのブログも更新できた次第。偉いぞ! オヤジ。って何か違うか。まあいいや。

やまちゃん殿はキーボードを換えればとおっしゃるけれど、水が浸入したことで基盤がだめになり、基盤を変えない限り復旧は不可能なのだ。しかもU130の修理はもう終わったときている。

しかし基盤交換となるとほぼPCを買うのと大差ない価格となるので、ひとまずPCの購入に踏み切った次第。もちろん購入したキーボードを使えばU130は問題なく文章を打てるので、外に持ち出して作業する場合にはなんら問題はない。

これであと小銭が入ったら、今度はキンドルファイアHDの購入だな。しかしプラモは買わなくなっても、こんなものや本、そして日々の糧秣を買うため赤貧状況は何ら変わらない。これはこれで悲惨なことなのだよ。

さてここからは前回の続きで、F-8Jに換えてF-4Bを受領したVF-51は、各機に対して飛行隊色の赤を基調に白頭鷲をモチーフとするド派手なマーキングを施して、ホームベースのみラマー基地でも一躍注目を集める存在となった。

そして通常機が、マーキング後端に描かれた羽の部分に赤と白の2色を用いたのに対し、CAG機では羽をCVW傘下各飛行隊の飛行隊色で塗りわけたのだ。ここで一応老婆心ながら。飛行隊色について書いておこう。

飛行隊色とはそれぞれの飛行隊に割り当てられた固有の色を指し、飛行隊の識別などに供される。アメリカ海軍の場合は、1956年6月24日付で発行された海軍作戦規定03561.2Aによりこの飛行隊色が定められた。

これはCVG(当時。後にCVWと改称)に配備される第1飛行隊(無線呼出し番号100~)にはレッドが与えられ、以下順に第2飛行隊(200~)がオレンジイエロー、第3飛行隊(300)がブルー、第4飛行隊(400~)がオレンジ、第5飛行隊(500~)がグリーン、第6飛行隊(600~)がブラックとされた。

また必要に応じて分遣隊が配備されて第7飛行隊(700~)や第8飛行隊(800~)、第9飛行隊(900~)が編成に加わる場合もあり、その際には第7飛行隊はインシグニアブルー、そして第8、9飛行隊はマルーンがそれぞれ与えられた。

もちろんこれは規定であり、実際には飛行隊色とは関係ない色を用いている例も数多く確認できる。またベトナム戦争以前には、CVGの番号と飛行隊を合わせた数字が飛行隊名とされたので、その伝統を受け継ぎ以前の飛行隊色をそのまま踏襲している部隊もかなり多い。

例えばVF-111の場合では、その隊名からわかるように以前CVG-11の第1飛行隊として配備され、その後第2飛行隊に換わってもF-4やF-14に見られるように、規定のイエローではなく以前のレッドをそのまま用いており、このような規定外の例はいくらでも確認することができる。(以下次回)
F-4B VF-51 NL100/150456
昨日愚かにもネットブックに水をこぼしてしまい、マウス以外のキー操作が不可能になってしまった。困っていたら友人がUSBキーボードを使えばと指南してくれ、早速アマゾンで500円以下という格安のフルサイズ・キーボードを購入した。

接続してみると問題なく文字は打つことができ操作も可能となったのだが、オヤジのネットブックはFnキーを押して専用のFキーを押さなければ無線LANが機能しないのだ。ということで、現状ではインターネット環境がすべてアウトになってしまった。

しょうがないのでFnキーがついているキーボードを買い直し、これでうまくいくかと思いきや、メーカーによりその割り当てが異なるためこれまた駄目。でそこでアマゾンのキンドル・ファイアHDの購入を考えた。

つまり文字類は今のネットブックで作成し、キンドルでインターネットを使用するという2本立てというわけだ。Wi-Fi接続なので問題はないが、もしUSBソケットがついていなければオヤジの計画は成り立たない。というわけで、アマゾンに問い合わせてみた。

担当の方がとても親切で、製品に関係ないことまでもいろいろ調べてくれたのだが、結論からいってしまうとUSBに添付ファイルを読み込んで、これを送信するということはできないだろいうことになった。

まあそれはそれでほしいものなのだが、今は現状の打破が肝心で結局新しいノートブックへの買い替えしかないかという結論に達しそうだ。でも中古の安いものでも3万円前後するので、赤貧オヤジにはかなり辛い。まったく泣けるぜ!

どうしたもんだかと愚痴はここまでにして、今回はタイトルからそれが何かわかった人は、ベトナム戦時のF-4ミグキラーに精通した人だと思う。実はこの機体、ベトナム戦でMiGを撃墜した4機のCAG機中、もっとも派手なマーキングが施されていたことでも知られているのだ。

F-8Jを運用していたVF-51は1971年春にF-4Bへの改変に着手し、3月末もしくは4月初めにそれを完了した。その日付が不明なのは残念だが、これは隊の手になる隊史でも記されれていないのでなんともいえない。

そしてF-4B改変後に最初のCAG機となったのが、Bu.No.153009、NL100であった。この機体のデカールは、マイクロスケール(現スーパースケール)で最初にリリースされ、ハセガワのキットでもセレクトされているのでご存知のことと思う。

その最初に公開された写真と思われるのが、4月9日にホームベースであるミラマー基地で撮影されたもので、そのためか、多くのデカールがこの機体をセレクトしており、それはそれで何ら問題はない。

そしてこの機体は9月まで存在を確認されているが、その次にVF-51のCAG機が登場するのは、CVW-15の一翼としてベトナム・クルーズに派遣される直前の11月初めのことであり、その写真でCAG機がBu.No.150456に変わったことが確認できる(以下次回)
PB4Y-2プライヴァティア
CONVAIR PB4Y-2/P4Y-2 PRIVATEER その2

もう7月も半ばを過ぎ、このところ連日30度を超える暑い日が続いている。赤貧ゆえになるべく空調を使わないようにしているのだが、さすがにもう限界でとうとう使うようになってしまった。これで電気代が6,000円前後となるのは確実だな。

そういうところで節約しても、抑えられないのが本と調理器具だ。そこで最近購入した新製品をひつつ紹介しよう。それは杉山金属という会社が出している「無煙グリラー ヘルシートーク」なる製品。

オヤジは焼肉が好きなのだが、外で食べると生活が成り立たなくなるので家でしか食べられない。しかしホットプレートで焼くと煙は出るは、匂いは残るは、しかもあまり美味しくないという最大欠点もあり、本機の導入に踏み切った次第。

届くのを見越して昨日すでに、イトーヨーカ堂のネットサービスが配送料が80円という日だったこともあり、牛肉や豚肉、それにレバーを奮発して注文した。夕食はそれを食すのだが、まだ少し先なのでその顛末は次回となる。

肉類に玉葱とピーマンを加え、なぜか10本以上残っているビールで一人乾杯を行なう予定。侘しいっていやあそれまでだけど、これはこれで結構気にいっているのだよ。オヤジは。

さてここからは前回の続きで、これまでプライヴァティアというとどうしてもB-24と一括りで語られてきたが、本書ではその開発から項を起こし、基本形の決定と試作機の製作など、これまで簡単にしか伝えられていなかった事実を明らかにしている。

さらに取扱説明書からの図版と写真を加えてその構造とディテールを解説し、R3Y輸送機を始めとした各種派生型に関しても詳しく記述されているのは、ファンの一人として嬉しい限りだ。

ここまで出ほぼ半分を費やし、残る半分は本機を運用した飛行隊に関する隊史に充てている。また本機を供与されたフランス海軍や民間への払い下げに関する記述も用意され、本機が登場した映画についてもふれているのはこれまでなかったサービスだ。。

オヤジは大戦中のコンソリデーテッド社製機体に関してこれまで書いたことがなかったので、バルティー社と合併してコンヴェアと改称されたのはてっきり戦後だと思っていた。

しかし本書を読むと、両社が合併したのは1943年3月18日のことで、それから数ヵ月後に社名をコンヴェアと改めたとしている。いやあ、知らなかったな、これは。

このブログでもリンクが貼ってあるGO NAVY(乙)のK君が、レベル(旧マッチボックス)のキットを購入したそうな。まあ唯一のキットなのでしょうがないのだが、胴体や翼周りを作り変えて小物も新金型とすればいいキットになるのにな…。

って、新キットを出せってことじゃないか。ハセガワがB-24をリリースしているとはいっても使えるパーツはほとんどなく、ほぼまっさらのキットとなるし、売れそうにもないアイテムだから、そりゃ無理だよな。
CONVAIR PB4Y-2/P4Y-2 PRIVATEER
いやあ、更新が遅れてまことに相すまぬ。とある状況の変化により、今回から呼称も新たに、って(新)をつけただけじゃやないかといってはいけないヨ、ブログを再開する運びと相成った。これからもよろしくお頼み申します。

もう梅雨も終わりに近づき、このところ暑い日が続いている。しかしオヤジは電気代節約のために、まだ空調を入れていない。ジメジメしたうえにさらに暑さも加わるのだが、もう少し頑張りたい。でも土曜(ちなみに今日は7月5日ざんす)からは30度を越えるということなので、根性なしのオヤジにはもう限界だろうな。きっと。

先日、福屋で例によって飲みながら、何気なく50度洗いの話をしたら、突然隣のオヤジに絡まれた。知らない人間ではないのだが、どうやら自分の理解を超えたことや、知らないことに対して拒否反応を示す輩らしい。

まあ自分が頭がいいとか、もの知りだと考えている、いわゆるインチキゲンチャの典型的なパターンだと思えば腹も立たないが、今後そいつを見る評価が大きく変わっていくのは間違いない。多分もう口も聞かないだろうナ。どうでもよい奴だしね。

さて今回は、昨年ナーバル・ファイター・シリーズの一環として刊行された「CONVAIR PB4Y-2/P4Y-2 PRIVATEER」を紹介したい。オヤジはへそ曲がりなところがあるようで、B-17よりもB-24が好きという人間のため当然ながら大好きな機体なのだ。

先頃アマゾンで、ようやく3,000円を切ったのでようやく購入することができた。後はシッファー出版から出ている同機の部隊史の本を購入すれば、ひとまずプライヴァティア計画は完了する。って、キットを作るわけじゃないんだけどネ。

プライヴァティアは、大西洋と太平洋における対艦船、および対潜水艦に対する哨戒機として1942年12月にB-34から発展したPV-1ヴェンチュラ、43年1月にB-24を原型とするPB4Y-1を実戦に投入したものの、やはり専用の捜索機材を搭載していないために、運用には難が残ったのもまた事実であった。

このためその対処としてアメリカ海軍は、1943年4月にコンソリデーテッド社、タイトルではコんヴェアと記されているが、これは戦後ヴァルティー社と合併した後の社名なので要注意。と対潜哨戒機に関する討論を行ったのがそのルーツである。

すでに対潜哨戒機としての飛行艇による運用シラバスは整えられていたものの、飛行艇の根本的な問題、すなわち低速ということを背景に先に挙げた2機種を対潜哨戒機として採用したわけだ。

ただしこれらはいずれも既存の機体をそのまま用いたので、こと対潜哨戒という点では能力的に不十分であり、このため専用機の開発に踏み切ったのだ。コンソリデーテッド社を選んだ理由は明らかではないが、やはり航続性能の高さを評価したのであろう。外見も飛行艇ぽいっしね。

その結果として具現したプライヴァティアには、海上捜索レーダーや長距離航法装置(LORAN)などが標準装備とされ、先の2機種とは一線を画する本格的な対潜哨戒機として開発が進められた。

そして本機の実戦化によって、陸上型対潜哨戒機の運用を確立したアメリカ海軍は、その後マーチンP4Mマーケーター、P2Vネプチューン、そして現用のP-3オライオンへと続く対潜哨戒機の系譜を辿るとになる。その意味では、紛れもなく近代型対潜哨戒機の旗手本機をと呼んで間違いはない。

しかしそんな機体ではありながら資料は極めて少なく、ほとんどの場合B-24の派生型としてまとめて記述されており、モノグラフも存在するものの小冊紙の域を出るものではなく、ファンのひとりとして寂しい限りであった。(以下次回)